前回の続きです。
今回は、2020年4月1日に施行された令和元年改正意匠法により、
・これまでと何が大きく違うのか
・今回の意匠法改正をどのようにビジネスに活かすのか
について、中小企業経営者向けにお話をしたいと思います。
これまでと何が大きく違うのか
「建築物」
次の要件を満たす「建築物」が令和元年改正意匠法により保護されることになりました。
次の1.及び2.の全ての要件を満たすもの
意匠法の保護対象となる「建築物」は、通常の「建築物」の概念よりも広く、ダム、橋梁、トンネルなどの「土木構造物」を含みます。
この点、「土木構造物」は一般的に「建築物」の概念から外れるため、審議会の意匠審査基準ワーキンググループにおいて議論が集中していました。*2
これにより、建築・建設業界のみならず、土木構造物を取り扱う業界も令和元年改正意匠法に対応する必要があります。
「内装」
次の要件を満たす「建築物」が令和元年改正意匠法により保護されるようになりました。
次の1.ないし3.の全ての要件を満たすもの
- 店舗、事務所その他の施設の内部であること
① 店舗、事務所その他の施設に該当すること
② 内部に該当すること- 複数の意匠法上の物品、建築物又は画像により構成されるものであること
① 意匠法上の物品、建築物又は画像により構成されるものであること
② 複数の物品等から構成されるものであること- 内装全体として統一的な美感を起こさせるものであること
令和元年改正意匠法により、具体的には以下のように「建築物」と「内装」の保護対象が広がりました。
これにより、建築業界、建設業界は、これまでは気にする必要のなかった意匠出願や意匠登録の動向を注視する必要があります。
令和元年意匠法改正をどうビジネスに活かすか。
法改正により保護対象が広がると、通常は、他社の権利侵害を避けるために調査(クリアランス)をしましょう、というアドバイスがなされます。
今回の改正で言えば、建設業界に向けて「建築物」と「内装」が新たに意匠法で保護されるようになったため、また「画像デザイン」を手掛ける全ての業界に向けて「画像デザイン」が新たに意匠法で保護されるようになったため、他社の意匠登録を調査して、意匠権侵害を回避しましょうと。
しかしながら、大手企業と比較して経営資源の少ない中小企業が大手企業のようなクリアランス調査を行うことは現実的ではありませんし、すべきでもありません。
もちろん、法改正はなかったかのような対応をすることもできません。
リスクへの配慮とバランスが重要です。
ウォッチング
そこで、まず最初にすべきこととしては、業界の最大手や競合他社が改正意匠法により新たに保護対象となったデザインについて、どのような意匠出願をしているのか、興味本位でウォッチングをすることからはじめるだけで良いと思います。
ウォッチングは、特許庁の無料データベース「J-PLatpat」を活用することでできます。
また、気になるデザイン画像が既にある場合は、画像意匠公報検索支援ツール「Graphic Image Park」でデザイン画像から検索することもできます。
アナリシス(分析)
「J-PLatpat」や「Graphic Image Park」で、業界の最大手や気になる競合他社の意匠出願を見つけたら、その意匠(デザイン)が実現している顧客提供価値が何かを分析します。
顧客提供価値が何かを分析する際は、今回の意匠法改正により物品概念が緩和され、意匠法は「画像デザイン」や空間デザインというもいうべき「建築物」や「内装」を保護対象にしたことを踏まえて、「モノ」だけではなく「コト」という体験価値が何かについて、必ず分析をして欲しいと思います。
つまり、「モノ」という機能的な価値だけではなく、どのような「コト」という意味的・情緒的な体験価値が、顧客に提供されているかを分析するということです。*3
シンセシス(綜合)
上記のような分析を行ったのち、今度は、自社の強みを活かして、顧客にどのような「モノ」という機能的な価値と「コト」という意味的・情緒的な価値を提供できるかを考えます。
その際には、先に分析した業界の最大手や気になる競合他社の提供価値と、どの部分で、どのように違ったものにできるかを考えます。
顧客への提供価値が違えば、実質的に顧客層が異なることになりますし、仮に顧客層の差別化ができなくとも、業界の最大手や気になる競合他社とは、顧客提供価値において、実質的に競合しないことになります。
相対的に様々な経営資源が不足しがち中手企業が生き残り、利益を上げるためには、一見競合しているようでいて、実質的には競合しない顧客価値を提供する必要があります。
そして、どのような顧客価値を、どのように顧客提供するかは、広い意味でのデザインであり、これを具体的に実現する手段として、意匠法で保護されるデザインを創造し、活用することが、狭い意味でのデザインの活用であり、意匠権の活用になります。
目的である顧客提供価値と手段である具体的なデザイン・意匠権の活用を一体のものとして統合することで、デザイン経営の効果が生じ、本当の意味での企業競争力の向上に繋がります。
*1:建築物の内部の一部のみを意匠登録を受けようとする部分としたものも含まれる。通常の使用状態において、視認することのない範囲を除く。
*2:第17回産業構造審議会知的財産分科会意匠制度小委員会意匠審査基準ワーキンググループ議事録11頁
*3:顧客の感情にフォーカスした価値概念の分析を行うといっても良いと思います。