情と理のシンセシス

SYNTHESIS OF HUMANITY & THEORY.

スタートアップの知財戦略/山本飛翔

知財戦略というと、大企業向けの特許中心の書籍が多いのですが、本書は、法務部や知財部が存在しないスタートアップ向けに、特許権のみならず広くその他の知的財産権の活用方法や知的財産・契約関連の留意点等について書かれています。

タイトルに「スタートアップの」とありますが、スタートアップだけでなく中小企業の経営者や知財法務担当者はもちろん、中堅企業・大企業における新規事業開発において、知財戦略や知財法務・契約関連の仕事をする方が、広く知的財産権の活用方法や知的財産・契約関連業務を理解するための有益な書籍です。

 

 

 

1.著者

著者の山本飛翔弁護士は、知的財産に強い中村合同特許法律事務所のアソシエイトです。

法科大学院時代に、丸島儀一*1さんの『知的財産戦略』*2を読んで、「守り」のイメージの極めて強かった法律に、「攻め」の側面があることを知って衝撃を受け、知的財産を専門にしたいと思い、司法修習後、中村合同特許法律事務所に入所されたそうです。

経産省が主催する「オープンイノベーションを促進するための技術分野別 契約ガイドラインに関する調査研究」委員会の委員として、「研究開発型スタートアップと事業会社のオープンイノベーション促進のためのモデル契約書ver1.0」の事務局をされています。

 

知的財産戦略

知的財産戦略

 

 

2.スタートアップの特性を踏まえた知財戦略

本書では、スタートアップを以下のとおり定義しています。

 

①新たな課題又は新しい解決策を提供するもの

②短期間で多額の資金調達を繰り返し、EXITを目指すもの

 

そのうえで、本書では、第2章の「各フェーズで行うべきこと」において、スタートアップの成長フェーズを以下の6フェーズに分けて、それぞれのフェーズで行うべき課題を整理しています。

 

①設立前~設立時

②シード期(その1) 各種戦略構築段階における知財活用

③シード期(その2) 各種戦略の立案

④シード期(その3) プロダクト/サービス完成後

⑤アーリー期

⑥レイター期

 

法律上の論点を列挙するという方法ではなく、知財戦略が経営に深く関係するものであることを前提として、各フェーズ毎の経営課題を意識し、知的財産をどのように活用するか、という観点から課題が整理されています。

具体的には、「ブランド戦略の策定・実行」において、「ダイソンにおけるブランド近く価値の構造」を図示し、ビジネス上の課題を分かり易く説明します。 

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山口義宏『デジタル時代の基礎知識『ブランディング』 「顧客体験」で差がつく時代の新しいルール(MarkeZine BOOKS)』69頁

 

その上で、このようなビジネス上の課題に対して、例えば、技術的な性能、製法や提供方法等を示すために特許権を活用し、ユーザビリティのためにデザインを工夫したことを示すために意匠権を活用し、さらに、当該エビデンスを端的に示すキャッチフレーズに商標権を活用する、といった知的財産権の活用方法を経営課題と連動させて説明しています。

より経営に資する仕事がしたいと考えている法務部員や知財部員が、最初に読む知財戦略の本としてお勧めできます。

 

3.特許だけでなくその他の知的財産関連法務や契約業務も対象

書籍のタイトルに「知財戦略」とあっても、「特許」に関する本が多いなか、本書は、広くその他の知的財産権や契約業を含む知的財産関連法務にも触れており、より経営に資する実務書になっています。

具体的には、特許権、商標権、意匠権著作権不正競争防止法景品表示法会社法(商号)、氏名・肖像パブリシティ権、各種業法、契約業務*3等と一般的に想定される法律上の課題や留意点について網羅的に書かれています。

また、知財調査、知財評価、秘密管理規程や職務発明規程などの社内規程の作成、提訴時のプレスリリースの作成の留意点といった一般的な法律書には書かれていない実務についても書かれています。

ビジネスサイドと連携しながら、広く事業全体を見渡して、抜け漏れなく法的な課題に対応できるようになりたい法務部員や知的財産部員が、チェックリストのように本書を使うことが可能になっています。

なお、網羅的に書かれているため、広く浅めの書籍となっていますが、参考文献が充実しており、本書を手掛かりに、必要に応じて論点の深掘りができる内容になっています。

 

4.業界別知財戦略

本書も取り上げているように、Apple、Amzon、Facebook等、IT関連の海外の有名企業の知財戦略について書かれている書籍は多いですが、さらに本書のように、ペプチドリーム、ユーグレナ、Spiber、ニューロスペース、Kizuna AIなど業界の異なる近時の国内スタートアップ系の知財戦略を紹介している書籍は少ないです。

 

有効な知財戦略は、経営戦略や事業戦略と整合し、それらに従うものですので、事業や業界が異なれば、知財戦略も異なるのが通常です。

本書では、「第7章 業界別知財戦略」において、以下のような業界に類型化して知財戦略の実例や留意点を説明しています。

 

1 SaaS

2 ものづくり系

3 プラットフォーム系

4 AI・IoT系

5 エンタメ系

 

分量は多くないため、気づきやヒントを与える程度の内容ですが、それでも、自社の知財戦略を考える際に、業界を意識することは重要です。

単純に同じ業界だから使える、異なる業界だから使えない、ということではなく、異なる業界の知財戦略が何故自社には応用できないのか、どうすれば応用できる部分が生まれるのかを考えると、本書をより効果的に利用できるようになると思います。

 

5.まとめ

<評価> ☆☆☆☆

経営と知的財産を繋ぐ、新しいコンセプトの知財戦略に関する書籍で、具体例も多く興味深い書籍です。

タイトルに「スタートアップ」とあるとおり、スタートアップの経営者や知財担当を主要なターゲットとした書籍ですが、経営戦略や事業戦略を踏まえた知財戦略の立案や実践をしたいと考えているスタートアップ以外の法務部員・知財部員にもお勧めできます。

*1:キヤノン株式会社の知的財産担当専務取締役。現金沢工業大学KIT虎ノ門大学院教授。

*2:本書も、とても良い本です。2011年出版の本なので、そろそろ改訂して欲しいところです。

*3:大学発ベンチャー企業向けに文部科学省「さくらツール」が紹介されいます。