情と理のシンセシス

SYNTHESIS OF HUMANITY & THEORY.

中小企業法務のすべて/日本弁護士連合会 日弁連中小企業法律支援センター(編集)

企業法務に関する書籍に、「中小企業」「中小企業の」「中小企業のための」といった枕詞がついていても、本当に中小企業向けの書籍というものはなかなかありません。

そのようななかでも、『中小企業法務のすべて』は、中小企業の特性を踏まえた中小企業向けの法務の良い書籍だと思います。

本書は、主に弁護士その他の士業を対象に書かれた本で、基本的には、法的な素養がある人向けですが、法的な素養がある中小企業の法務担当者が、弁護士をはじめとする各士業者をどのように活用するか、という観点からも読むことができる書籍となっています。

 

 

 

1.編者と執筆者

7人の編者と 31人の執筆者のすべてが弁護士で、ほぼ全員が日本弁護士連合会の日弁連中小企業法律支援センターの委員をしています。

弁護士さんの視点で、中小企業がおかれているフェーズ毎に、必要となる中小企業の法律実務が書かれています。

 

2.中小企業の特性を踏まえた法務

書籍のタイトル等で中小企業向けと書かれていても、法務に関する書籍の多くは、対象としている中小企業の定義すら書いていないことがあります。

中小企業の特性を踏まえている書籍となると、さらに少なくなります。

入門的、基礎的な内容を書くことが中小企業向けであり、それがあたかも中小企業にとって相応しい内容のものであると言っているように感じる書籍もあります。

そのような中で、本書は他の多くの中小企業向けの法務の書籍とは異なり、総論において、中小企業基本法や小規模企業振興基本法から中小企業を定義し、中小企業白書から中小企業の特性を把握し、中小企業の特性を踏まえた各論を展開しています。

中小企業白書の他にも、各種の調査データが掲載されており、中小企業を客観的に把握することができます。

把握した中小企業の特性がどの程度踏まえられているかは、共著のため執筆者によって異なりますが、それでも類書に比べると、中小企業の特性を踏まえた内容になっており有益です。

 

3.中小企業が弁護士以外の専門家に法的な課題を相談した理由

調査データの例としては、「中小企業の弁護士ニーズ全国調査報告書(2008年3月)」の46頁Q5(3)をあげ、中小企業が《弁護士以外の専門家に法的な課題を相談した理由》を明らかにしています。トップ3は以下のとおり。

 

  1. 相談企業の業務を熟知しているから   55.1%
  2. 相談事項に関する専門知識があるから  38.8%
  3. 頻繁に連絡を取っているから      36.2%

 

なお、9年後に作成された「中小企業の弁護士ニーズ全国調査報告書(2017年8月)」の46頁Q3-4においても、中小企業が《弁護士以外の専門家に法的な課題を相談した理由》のトップ3は以下のとおりとなっています。

 

  1. 日頃から頻繁に連絡を取っているから   64.6%
  2. 貴社の業務をよく分かっているから    46.7%
  3. 相談事項に関する専門的な知識があるから 40.7% 

 

顧客である中小企業との接点が多い、中小企業の特性を体験として理解している、顧客ニーズを把握しているといったところが相談先に選ばれる理由になっています。

 顧客創造というマーケティングの観点からは当然のことであり、とても重要なことです。これらができていない人が、中小企業向けの法務の仕事をしても顧客を満足させることは難しく、中小企業向けの法務の書籍を執筆した場合は、中小企業の特性を踏まえた有益な書籍ではなく、入門的、基礎的な内容を書いた程度の書籍になってしまうように思います。

 

4.中小企業における契約相談業務の特徴

本書の各論は、中小企業がおかれたフェーズ毎に章立てされており、中小企業の実務に配慮した利用しやすい構成になっています。

なかでも、第2部 第2章日常的な中小企業法務(2)契約書の相談内容は、中小企業の法務の特性をとても良く理解した、有益な内容になっています。

 

中小企業にとって「契約書を作るのは当たり前」の時代となりつつある一方で、契約書の内容の有利不利や事前の交渉との整合性を審査する時間的・能力的リソースが不足している状況ともいえます。

そのような状況の中、弁護士が契約書の作成やチェックを支援するに当たっては、より中小企業に寄り添った役割が求められているといえます。

 

と書かれているとおり、中小企業の現状を踏まえ、充実した法務部門のある中堅企業や大企業とは異なる役割が求められていることを明らかにしています。

 

さらに、具体的な契約書の相談業務における役割が示唆されています。

 

時間も費用もかけられない企業も多いため、時間・費用のコストパフォーマンスの問題も同時に考慮する必要があります。取引金額の小さいもので、ノウハウ等の流出も考えられないようなものならば、コスト面からひな型を流用するというアドバイスもあり得るところですし、取引金額の大きいものや特殊な取引の場合は、弁護士がきちんと介入して作成・チェックするのが望ましいといえます。

 

取引金額の大小は、契約書作成の重要性を判断する一要素になります。

もちろん、取引金額が小さくても、ビジネスリスクが大きい場合もあり、一概に、取引金額の大小だけでは、弁護士がきちんと介入して契約書の作成・チェックをすべき場合かどうかを判断することは難しいですが、一つの基準になります。

 

修正すべき点についても、そのリスクに応じて弁護士の側で(優先)順位を設定することが望ましいでしょう。

 

中小企業のリソース不足に加えて、取引先とのビジネス上の力関係なども考慮すると、これはとても重要な視点です。

契約書の条項を修正すべきかどうか、リスクに応じて弁護士の側で優先順位を設定することができるようになるためには、当該中小企業における取引の位置づけや当該ビジネスの十分な理解が必要です。この理解がないと、優先順位付けを正しく行うことはできません。

 

単に「この条項は不利なので削除すべき」というアドバイスだけでなく、どのように修正するのがよいのかというアドバイスや、契約の相手方から修正できないといわれた際のリスクの程度の説明(特に、その契約をやめるべきといえるほどのリスクがあるか)まで丁寧に行うことが求められているといえるでしょう。

 

ここまで適切なアドバイスができる弁護士さんであれば、是非、相談したいですね。

そのためには、日ごろから、顧客である中小企業との接点を多くして認知度を高め、中小企業の特性を体験として理解し、顧客ニーズを十分に把握することで、顧客満足度を高めることが重要です。

 

5.まとめ

<評価> ☆☆☆☆

弁護士その他の士業または中小企業の法務担当者(法的な素養がある人)向けとして。中小企業の法務担当者向けの入門的・基礎的な内容にすることで中小企業向けとはせずに、中小企業の特性に配慮しようとしている良い書籍だと思います。

法定業務や独占業務といった士業の縄張り争いを意識した記述は気になるところもありますが、基本的には、各士業を尊重し、士業間の連携・協調を重視しており、この点もスタッフ部門を多く抱えることのできない中小企業の実態を踏まえ、中小企業の経営に資する内容になっています。

ただ、「中小企業法務のすべて」といえるほど、網羅性があるわけではなく、記述に濃淡があるため、タイトルに「すべて」とつけるのは、若干ミスリーディングかと。。。

良い書籍なので、継続的に改訂を重ねて、タイトルに相応しい内容にして欲しい書籍です。